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資産としての持ち家処分法、二世帯住宅再生顛末記2
2019-07-18 Thu 09:43
 二世帯住宅の売却を考えうちに、それが資産であるという側面を強く意識するようになります。

 日本では中古住宅そのものが好まれていません。
 まして二世帯住宅は汎用性を欠いた間取りですから、マーケットそのものが小さい。

 正反対なのは米国市場です。 
 中古物件を中心に市場が形成され、住宅流通量の82%が中古住宅です。
 
 つまり中古住宅はその潜在的価値に比べて不当な評価、扱いを受けているのが現状です。
 とは言っても、マーケットに立ち向かっても勝ち目はありません。
 個人で左右できないのが環境ですから、受け入れるしかありません。
 
 どう処分しようか思案するうちに、資産として持ち家を捉えるなら、それを活かす方法、活用法を自家使用だけではなくもっと広げないといけない。
 そう考えるようになりました。

 ところで日本においては家計の資産形成手段の第一は、持ち家です。
 60歳以上の高齢者世帯の資産の中身を見れば、持ち家(宅地+住宅)が1/2強です。
 そのうちおよそ預貯金が1/4ですから、持ち家という形で、土地・住宅等の実物資産を過半所有しているのが実態です。
 
 つまり持ち家資産が大半を占めますから、これをどう活用するかが肝になります。
 自家使用だけに限定していては、資産としての価値を生かせないと考えるようになりました。
   
 二世帯住宅というのは、三世代にわたってこうした家計資産の構成、構造を制約(左右する)します。
 
 老夫婦世帯には過大で無駄が多く、負担(身体的、金銭的にも)となっています。
 こうした現状をまんぜんとやり過ごし、住み続けることがもっともあやうい将来を招くのだと危惧するになりました。
 実際、自分で手を下せなくなる年代が迫り、成行に任せるしかない状態に陥ることが最悪のケースだと考えるようになります。
 
 それにこれを継承する息子たちにとっても、住居利用に限定された現状のまま維持管理するのは、彼らの能力を超えるでしょう。
 
 そこで、基本的にどんな行き方がよいか、これをうまく活用するためのアイディアを練りました。
 二世帯住宅を三分割し、それぞれ別途の使用が可能な建築形態(区分所有)にリノベーションしようと。
 これによって利用法を拡張し、賃貸等変化にも対応できる柔軟な選択肢を手にすることができます。

 Ⅰ.二世帯住宅の三分割構想を実現する。
 Ⅱ.一階住居スペースを老後住居として再生し、老後拠点を築く。
 Ⅲ.二階住居スペースおよび一部道路側を事務所スペースとしてリノベーションし、新たな複数収入源として活用する。
 
 そうです。
 民泊は無理でしようが、新たな複数収入源としての道を考えたわけです。
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どこへ住替えようか、二世帯住宅再生顛末記1
2019-07-13 Sat 12:51
 二世帯住宅は思い出がいっぱい詰まった風船のような存在である。

 一世代(20~30年)超えると、とたんと始末が悪くなる。
 親世代が逝き、孫世代が旅立ち、子世代が取り残される。
 その時子世代は親世代となっているのだが・・・。
 
 親世代となった子世代もやがてセブンティを越え、図体が大きいだけの住まいをもてあますようになった。   
 どこから手をつけようか。
 途方にくれた。

 で、まずは顛末記をグチから始めよう。
 
 だだっ広いだけで、夫婦二人の二世帯住宅はこっけいである。

 お風呂もキッチンもトイレも、何もかもが二倍存在する。

 維持費がかさむ。
 手入れ、掃除と手がかかかる。
 なにやかやと倍かかる。
  
 余分な部屋ばかりが残されるから、モノの収納には困らないので、明らかにメタボになっていく。
  
 上が子世代、下が親世代の二世帯住宅であった。
 築30年、一階の住まいを使わなくなってあっという間の十年が過ぎた。
 図体ばかりがでかい、始末に困る二世帯住宅が取り残された。
 
 真っ先に考えたのは住替えである。
 それも断然とマンションへの住替えである。
 なによりマンションだった。

 鍵一つ掛ければ戸締まりが安心、近所付き合いもそこそこですませそうだ(と想像した)。
 
 マンションには住んだことがないので、憧れもあった。

 マンションに移るのだから、真っ先に売却を考えた。
 しかし二世帯住宅そのままの売却は難しかった。
 ヤドカリのようにはいかないのである。
  
 二世帯住宅を始末するには、選択肢は三つしかない。
 ・売却するか
 ・建替するか
 ・リフォームして使い続けるか
 
 真っ先に浮かんだのは住替えの方で、これだととりあえずは二世帯住宅の後始末を先延ばしにできる。

 査定は二束三文と感じるほどに情けないものであった。
 最後は更地にして売るしかなさそうだ。
 二世帯住宅そのものがもはやジャマものであった。
 
 じっくり買い手を待つしかなさそうだ。
 気に入ってくれる買い手が出てくるかもしれない。
 長期戦だ。
 
 それでも老後は駅近マンションのイメージが染み付いていて、住替え意欲は落ちなかった。
 そのうちいい買い手が見つかるかもしれない。
 時間が解決してくれると売却問題には目をつぶり、駅近くのマンションを中心に、隣駅の相模大野や町田のタワーマンションなどを見て回った。

 率直に感じたことを記そう。
 
 マンション暮らしが自分には合わないようであった。
 
 部屋の一つ一つが狭い。
 間仕切りが多く、開放性に欠けていた。
 戸建てと違いひとまわり狭く感じ、圧迫感がぬぐえなかった。

 壁に挟まれているようで息苦しかった。
 
「ああ、馴染めないな」と思った。
 
 確かに高層から眺める夜景はそれなりの魅力を感じたが、その肝心の窓を開け放つことができない。
 快適性を合理的に突き詰めると、第二自然が創り出される。
 視覚は十分満たされそうだが、肌が合わなかった。

 空気の肌感覚や、外からの音が遮断されて、自然から遠ざけられるような不安があった。
 
 駅近だが、住んでいるのは若い世帯で、エレベーターが渋滞する通勤時間は特に苦痛だ。 
 戸建は駅近とはいかないが、縦で待機するか、横に歩くだけの違いだと悟った。
 歩く方が気持ちいい。

 そんなこんなの紆余曲折があり、ここらあたりから、本格的に二世帯住宅再生を志向するようになった。
 いつまでも住替えのための資金繰りを後回しにしておくこともできなかった。
 
 住替えの夢が先に生まれ、夢がふくらむにつれ、悩み(問題)も拡大していった。
 
 書いてしまえば数行の事だが、ここに至るまでに二、三年はかかっている。

[記]「二世帯住宅再生顛末記」は不定期になるが、書き継いでいく。
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かんぽ生命の契約問題、不適切?不正?犯罪でしょう
2019-07-12 Fri 13:17
 犯罪事例が次々と暴露されている。
 主として、
 ・有印私文書偽造犯罪事案(免許証、保険証、委任状等偽造)
 ・詐欺事案
である。

 1.組織ぐるみの犯罪である。
 2.高齢者を狙い撃ちにする点で、特殊詐欺と同等の悪質な犯罪である。

 これを「不適切」「不正」にすり替える事は許されない。
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中国が見えない、日本国マスメディアの偏向
2019-07-11 Thu 08:43
隣がじゃまで向こうが見えない。

異常に北朝鮮、韓国が気になるようだ。
大した問題とも思えない事がやたらニュースになる。
どうでもいい些細なことを拾い上げ、結果取り上げるニュースが膨大になるから、かえって肝心なことが薄らいで行く。

この国のマスメディアは偏向しているのである。

隣の垣根の先には中国という大山がそびえている。
南北よりも千倍も重要な国だ。
これがかすんでいる。

2010年に日本のGDPを追い抜き、あっという間に三倍に成長した。
中国は経済成長とともに、一気に世界一の不平等を実現した。
今では社会主義とは縁もゆかりもない。

マルクス・レーニン主義からマルクスの理想が抜き去られた。
残ったのはレーニン主義だ。
一党独裁以外に何も残ってはいない。

この空虚な強権国家を取り上げようとしない、空虚なマスメディアがこの国にはびこっている。
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アパッチ会
2019-07-08 Mon 09:30
 ラクビーで日に焼けた顔は、赤銅褐色だった。
 研ぎ澄まされた肉体と精悍な顔、大きく鋭い目が近寄ってくると、足がすくんだ。
 イニシャルがA、アで始まることもあったのだろう、僕らはアパッチと呼んでいた。

 今年の同窓会は十二名だった。
 常連だったKもOも鬼簿に入った。
 
 癌の発症、再発の告白が連続し、隣のN君がぼそっと首の周りを撫でた。
「俺はここを二回手術しているよ」
 
 高校の同窓会といっても中高一貫の男子校だ、女っ気がない。
 毎年先生夫妻をお呼びしてていたが、昨年先生が逝去し、奥様は介助の友人を同伴して出席された。
 足元が悪い。
 
 1周忌と呼ぶようだ。
 三回忌以降は「回忌」となる。
 奥様が形見分けを持って来ていた。
 
 万年幹事のYくんがあみだくじをつくり、僕はGenosのネクタイピンとカフスセットが当たった。 
 詰襟で袖に蛇腹がついた紺の制服に革靴。
 以来スーツというものが嫌いになったが、一度はつけないと供養にならない。
 
「妻が2ヶ月前に突然死した。湯船に浮かんでいた。」
 ふつふつと想いが溢れてくるのだろう、話が止まらない。
 幹事のY君がそれとなくとめる。
 
 ましな話といえば孫話。
 孫はいない。
 しかし喜ばしい。
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スマホを見ない若者
2019-07-04 Thu 10:12
 若者はひたすらスマホに見入っている。
 スマホを持たない若者はどこかにいるのだろうか。
 会ってみたいな。
 
「少年の頃、万能ナイフを手に入れたが、役に立たなかった。どの機能も必要に思えたのに、それが必要になる瞬間はこなかった。」
(出典=シンプルの定義

 スマホを万能ナイフに例えたのは、「何でもできるように、又実際アプリさえあれば出来るのだから、すべて盛りこんだ」からである。
 
 何が必要で何が必要でないか。
 そんなことを考える間も無く、情報が押し寄せる。
 それはかってのテレビのような存在で、誰もが同じ情報を見ている。

 やりたいことはアプリが手助けしてくれる。
 しかし何がやりたいか考える前に、それは発見され、作られている。

 こう反論された。
「圧倒的に情報量が違いますよ。全ての情報に差異differenceがある。」

「情報のわずかな違いが問題だろうか」
「そうでしょう?だって違うんですから」
「情報がわずかに違ったところで、どうってことないさ」
「それが重大なことなんじゃないですか。ずれてますね」

 かって僕はこうも書いた。
「スマホはサラリーマンを奴隷化するツール。営業職なら訪問の合間のすきま時間にも、細かい仕事をさせることができる。ハツカネズミ。」
 (出典=奴隷化ツール
  
 こうも書いた。
「iPhoneをつかってわかったことがあります。便利は不便、ということです。ただの道具、しもべのはずが主人のように人を従属させています。使い込めば使い込むほど、時間を奪っていきます。」
(出典=便利は不便ー人生を浪費しない法ー

 スマホを見ない若者。
 たぶんそんな若者がいるはずもないだろうに、そんな若者に可能性を感じてしまう。
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アベノミクスの成長戦略を支えたのは女性と老人
2019-07-03 Wed 16:01
「正直になろうよ」

 政治家にそう言っても、選挙が近づけば近づくほど、真実(事実)は遠のいていきます。 
 
 安倍政権は毎年、成長戦略を打ち上げてきました。
 今年で打ち上げ花火は七本目になります。
 その履歴を「首相官邸ームページ」で見る事ができます。
 
「成長戦略を実行するための法制定及び改正」

 財政危機、年金制度の持続性、国民生活の向上・・・どれ一つ取っても、それを実現するためには成長戦略が要であると説いてきました。
 経済成長は万能薬のようです。
 
 日経・経済教室「アベノミクス7年目の評価」に三人の学者の論文が寄せられています。

「中長期的な日本経済復活の鍵は金融政策でも財政政策でもない。中期的に潜在成長率そのものを引き上げるには、金融政策はほぼ無力だ。」
(出典= 金融・財政より労働改革 急げ 伊藤隆敏 コロンビア大学教授

「経済効率などを反映する全要素生産性(TFP)はアベノミクスの下で長期間・持続的に低下を続けている。以前は1%程度だった上昇率が0.1〜0.2%まで低下し、期待とは逆に潜在成長率を押し下げ続けている。」
(出典=(中)課題達成、政治的成功と落差 翁邦雄 法政大学客員教授

「アベノミクス後の6年間で雇用者が約400万人増える中で、非正規雇用者が300万人増加し、そのほとんどを女性または高齢者が占める。」
(出典=(下)生産性向上、働き方改革が鍵 村田啓子 首都大学東京教授

 つづめてしまえば、アベノミクスが標ぼうする成長戦略を支えてきたのは、
 1.十八歳未満の子供がいる母親の72.2%が働き、家計と日本経済の成長を支えてきた。
 (また、女性の就業者の割合は、55〜59歳で70.5%、60〜64歳で53.6%、65〜69歳で34.4%、70〜74歳で20.9%。)
 2.男性は60代後半でも全体の半数以上が働き、家計と日本経済の成長を支えてきた。
 (さらに、70〜74歳の男性の就業者の割合は34.2%)
 出典=内閣府『平成30年版高齢社会白書』、厚生労働省『2018年国民生活基礎調査』
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初めてのギャンブルが「投資の常識」を作った
2019-06-25 Tue 04:41
 はじめてのギャンブルは競馬だった。
 
 1966年(昭和41年)、チーフがダービーの馬券を買いたいが、半分乗ってくれという。
 十八だった。
 大学には一日も通わず、バーテンダーの真似事をして働いていた。
 
 センター街で働いていたから、渋谷の場外馬券場まで十分とかからない。
 当時は「特券」と言って、千円単位の馬券だけが売られていた。
 ダービーの出走馬が28頭、枠連しかない時代だった。
 
 で、チーフが買いたいのは五、六点であるが、買いきれない。
 
 相乗りしたのはわずか3千円だったと思う。
  
 馬の名前も覚えていないから、調べてみた。
 テイトオー、ソロモン。
 枠連 3-7で、5,160円。
 
 記憶では万馬券のはずだったから、違ったと知って少しがっかりした。
 
 しかし、念を入れ調べて見ると昭和41年の高卒の初任給は、男子17,550円、女子16,630円。
 
 配当の表示は100円に対してだから、5,160円×5で、25800円フトコロに入った訳だ。
 一月分以上の給料を稼いだ。
 それで「万馬券の記憶」に変わったのかもしれない。
 
 初めてのギャンブルの印象がこれだけだったら、ずいぶんそれに振り回された人生だった事だろう。
 チーフがお前は運がいいから、来週競馬場に付き合えという。
 渋谷の店で待ち合わせた。
 
 来ない。
 チーフは遅れてはいけないと、(多分早い時間のレースに狙いがあったのだろうが)急いだあまり駅の階段を踏み外し、足を骨折した。
 それでギャンブルに対する僕の認識にはバイアスがかかっていない。
 
 禍福あざなえる縄のごとし。
 
 ギャンブルに対する常識が無事定着した。
 日経225、FX、個別株、ETF・・・なんでも手を出したが、この常識だけは変わらない。
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投資に国が口を出すのがそもそもの間違い
2019-06-24 Mon 10:10
「年金で足らない分は投資で稼ぎましょうよ。」
 もっともな話だ。
 帳尻が合わないのだから、どうにかしないといけない。
 
 それを投資と呼ぼうが、資産形成と構えようが、相手は相場であることに変わりはない。

 言葉が変われば違ったことをやっていると勘違いしそうだが、本質は同じだ。
 
 相場に入ったら誰もが俗にいう「相場師」だ。
 相場師について辞書を引いてみよう。

 “取引所で取引される有価証券、商品の相場の変動を予期し、その買値と売り値、また、売値と買値の価格差によって生ずる差金の利益の取得を業とする人(『精選版 日本国語大辞典』)”
 
 国債を買おうが、日本株を扱おうが、有価証券を売買しようが、マンションを手に入れようが、「相場の変動によって生じる利益の取得」が目的なのだから、相場を張っていることに違いはない。
 自分は「相場師」ではないと一段高みに置きたいだろうが、やっていることも性根も変わりやしない。
 
 で、お国が受け取り拒否した報告書「高齢社会における資産形成・管理」が勧めているのはせいぜい「投資信託」だ。
 しかし、投資信託にしても「相場の変動によって生じる利益の取得」が目的で、リスクで深い傷を負うこともある。
「投資信託は初心者向け」って訳の分からない営業トーク。

 相場地獄に落ちて初めて悪魔の囁きと気がつく。
 
 アベノミクスの第三の矢を覚えているだろうか。
「民間投資を喚起する成長戦略」
 “規制緩和等によって民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会へ”

 だけど、泳いだことのない人が海に飛び込んだらどうなるか。
 
 遠浅だと思ったら、真下が深海に変化するのが相場だ。
 
 投資に国が口を出すのがそもそもの間違いである。
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僕はこの数字「年金3割低下」で嘘をつく
2019-06-22 Sat 09:39
 数字は抽象的なものだが、ファンタジーでもフィクションでもない。
 
 昨日のブログでも書いたが、「基礎年金は今より3割低下する」のはデータを突き合わせればズバリ出るのだから、薄ら笑いを浮かべて計算できる程度のことなんだと改めて思う。
 それをフィクションか何かのように、実感が持てないのは「庶民の弱点」なんだ、と僕は考えてしまう。

 「データでしょう?」
 つまり事実だ。
 抽象的なものだが、事実だ。
 
 多様な実態そのものを写し取ることはできないが、数字から実態をつかみ出すことができる。
 
 実際に生活している人は様々な生き方をしている。
 奇妙な暮らし方をしていても、部屋の中を覗き込まれることもないだろうから、みんな知らないだけだ。
 そうでなければ、つまらない。
 
 同じような暮らしをしているのでは、ファーブルの昆虫以下だ。
 
 それでも年金で括って、数字にして見ると「基礎年金は今より3割低下する」のだ。
 
 基礎年金とは国民年金のことだ。
 実際に支給されている国民年金の平均月額は5万5千円だから、3万8千5百円になる。
 
 だから、まずは国民年金しかない世帯をどうするか。
 割り算したらどういう生活になるか、誰だって計算できる。
 数字は嘘をつかない。
 
 それでも嘘をつき通そうとする。
 それでも未来は未来、わからないと済ませようとする。
 数字に嘘つかせるのは自分自身と政治家である。
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