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ウイズ・コロナ時代、必須職種は激減する
2020-06-06 Sat 10:41
 今日は誕生会だ。
 二人の息子は誕生日が6月初旬に重なっているので、まとめてやることが慣例になった。
 家族四人が揃うことが少なくなったから、いい機会だ。
 
 誕生プレゼントがいち早く届いている。
 アマゾンからだ。
 それぞれが頼んでいるのだが、送られてくる段ボール・ボックスのロゴは一緒だ。

 これによって何人、どんな職種が省かれるか。

 小売店の店員、レジ係・・・交通機関の従業員・・・包装紙制作者とデザイナー・・・店舗内の清掃、管理員・・・・。

 しかしもうこの流れは止めようがない。

ウイズ・コロナ時代、必須職種は激減する
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飛行機雲は天空へ、ディープインパクト最高傑作コントレイル
2020-06-05 Fri 10:13
 サンデーサイレンスの後継種牡馬は、ハーツクライ、ステイゴールド、ダイワメジャーと多くの種牡馬を残しています。
 中でもディープインパクトは最高傑作の種牡馬とされています。
 そして2020年の優勝馬はコントレイルでした。

 初めて馬券を買ったのが昭和41年(1966年)のダービーでした。
 当時は大学の授業へは行かず、渋谷センター街でバイトをしていました。
 実は競馬の事は何一つ知りませんでした。

 店のチーフが「半分乗って欲しい」と言い出しました。
 ダービーだそうですが、ダービーが何かも知りません。
 ダービーで買いたい馬券を買い揃えると、一枚千円で買いきれないから、半乗りしろという訳です。

 渋谷の場外で買いました。
 第33回日本ダービーはテイトオーという競走馬が優勝しました。
 枠連で5160円付きました。

 特券の半分ですから、25800円の配当をもらいました。
 店のみんなにラーメンか何かをご馳走したのを覚えています。

 センター街の暮らしも身に付かず、2年の時から大学へ戻りました。
 拠点が渋谷から、大学のあった御茶ノ水に移ったこともあって、競馬とは疎遠になってしいました。
 競馬と再会したのは関内に勤めるようになってからです。

 半ドンの土曜、日の出町の場外馬券でいたずらするようになったのです。
 初めて馬券を買ってから10年が経っていました。
 当時記憶にある競走馬は次の三頭です。

 テンポイント(1976年ダービー 7着)
 トウショウボーイ(1976年ダービー 2着)
 グリーングラス(1976年ダービー 不出走)

 なぜか記憶の三頭はいずれもダービーには縁のない競走馬ばかりです。
 
 僕の勝手な想像ですが、コントレイルはディープインパクトの最強種牡馬となると思っています。
 五、六年後には彼の子供たちが日本競馬を席巻することでしょう。
 その頃まで筆者の寿命や頭脳がどうなるか保障の限りではありません。

 楽しみが先にあるのは、老人にとってわずかに残された希望です。
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終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた
2020-06-04 Thu 12:06
 ブックオフの本棚を眺めていたら、帯に「終戦の日も列車はダイヤ通りに動いていた」と宣伝文句の書かれた本が目に飛び込んだ。

 この事実はけなすこともほめることもできる。
 日本人論でやれば間違いなく、美徳の一つに祭り上げられるだろう。
 僕は中間に立ちたいと思う。

 昭和天皇による敗戦の詔勅(しょうちょく)がラジオで流れても、日常は失わなかった。

 しかし新型コロナ感染症は、航空機をストップし、列車から乗客を奪った。
 飲食業、宿泊業からお客を根こそぎそぎ落とした。
 コロナは日常を奪ったのである。

 言葉が先行する。
「ニュー・ノーマル」である。
 新しい日常の事であるらしい。

 誰が模索しているのか?

 少なくとも僕の日常は、毎日少しずつ変えているという自負も手応えもある。

 コロナがあろうとなかろうと、自分が決め、動く。
 
 七十二歳になる非生産性世代が言うのは口幅ったいのであるが、
 現役であれば、
「自分の仕事は本当に必要か?」とまずは問うだろう。
 
 そう問おう。
 なら、お役所仕事の大部分がいらなくなるだろう。
 同じ目で、自分は大丈夫か、考えてみよう。

 危機は合理化の起点なんだと思う。
 かってなかったような労働力の再編成が待ち受けている。
 コロナ禍は、見過ごされてきた要らない仕事をあぶり出し、この連中は必要としない、この仕事は不要不急だと選別するだろう。

 今日も列車はダイヤ通りに動いている。
 それを管理しているコンピュータシステムを鉄道マンが監視する。
 しかも鉄道マンがいつAIに代わってなんら不思議はない。

 人は消える。

「コロナの日々も列車はダイヤ通りに動いていた」
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苔と出会って育成を始める
2020-06-03 Wed 10:17
苔と出会って育成を始める

 伊勢原(神奈川県)に豊田屋商店という、雑貨屋があります。
 看板は「民芸品・お祝い用品」とありますが、品揃いは雑貨です。
 伊勢山皇大神宮行きのバスに乗らず、町歩きした時、見つけたお店でした。

 何気に買い求めたのが、総ステンレス製の「特許 霧吹き」です。

 数年放りっぱなしでした。
 水漏れはまったくありません。
 霧が均等に吹き出す、優れものです。
 
 でしたが、用途がありません。
 繊細な箇所への霧吹き、小空間、小世界に似合いそうです。
 が、何に使っていいものやら、回答のないまま年は過ぎて行きます。

 ところが苔に出会ったのです。

 旅先でコケを採取いたしました。
 植物を育てたいという気持ちはありましたが、何せズボラです。
 これなら育てられそうだと思いついたのが、旅先の道端にあるコケでした。

 育てる手間が楽そうです。
 平鉢に、収集したり買った苔を植えました。
 朝夕、一度霧吹きで水やりするだけなのですが、何か趣味が増えたような気分で楽しいものです。
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厚労省「発症9日以内の人に唾液PCR検査」で再び目詰まり
2020-06-02 Tue 16:27
 厚生労働省は今日から、新型コロナウイルス感染を調べるPCR検査の検体に「唾液」を使用することを全国の自治体に通知した。
 問題は余分な一行が付いていることだ。

「発症から9日以内の人に対しては唾液を使った検査を可能とし、公的医療保険の適用対象にすること」

 新型コロナウイルス感染者は、発症者と無症状者がある。
 1.発熱や咳、肺炎などの症状がある人(有症状感染者)
 2.全く症状の出ない人(不顕性感染者)

 これでは発症してない者に「唾液」は使えない。
 従来どおり、粘液を鼻腔や口腔奥から綿棒で採る、感染リスクの高い方法を繰り返すことになる。
 これによって検査数も限られてくるが、何より症状はないが感染力はある不顕性感染者の検査体制、発見・隔離が遅れることだ。

 bloombergによると、
「唾液を用いたPCR検査については、厚労省が、自衛隊中央病院に入院した新型コロナ患者の凍結唾液検体を使い、分析を進めていた。その結果、症状発症から9日以内の症例で、従来の鼻や喉をぬぐう方法による検査結果と「良好な一致率が認められた」という。」

 つまり、初めから不顕性感染者は除外しているのである。
 無症状者だから誰彼を捕まえて検証する方法もないのだから、厳密に「発症から9日以内の人に対して」と限定したのが見て取れる。
 結論だけで見れば、有症状感染者は「唾液」からウイルスが検出されるが、不顕性感染者は検出されないという論理である。
 
 実証されたことは採用するが、実証できてないことは責任を問われるから除外したのである。

 しかし、ここから目詰まりが始まる。
 いつものパターンが繰り返されることになる。

 どこかの小学校B学級に新型コロナウイルス感染者が出たとする。
 B学級あるいは全校学童及び関係者のPCR検査が実施される。
 ところがその検査法に「唾液」は適用されない。

 どこかの病院、老齢者施設でも同じことが繰り返される。

 この連中(官僚)が小役人根性で、目詰まりを生みだしている。
 これを正すことにまたまた数ヶ月を要すことだろう。
 彼らには想像力のカケラもない。

 国民の命より、自分の保身があるばかりだ。 

 矜持を失ったこの国の官僚の劣化は目を覆うばかりだ。
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新型コロナ感染症は資本主義の根幹(本質)を突く
2020-06-01 Mon 10:20
長野相生座・ロキシー
出典=客足「戻るか不安」 休業要請が一部緩和

 この写真は衝撃だった。
 これだけ客席を間引きすれば感染症対策が可能かもしれないから、ではない。
 間引きした分、売り上げが減少する。

 しかも、この方法論(自粛)しか手がないとしたら、経済は立ち直ることができないからだ。

 限られた客席が満席になって、利益が見込めるだろうか?
 初めから赤字でしか再開できないとしたら、経営は成り立たない。
 経済が成立しない。
 
 資本主義は資本が主体となって努力し、効率、生産性を上げ、利益を上げることで経済社会を動かしている。
 利潤、効率(生産性)は資本主義の根幹である。
 新型コロン感染症は、この根幹に突き刺さった。

 自粛で、経済社会が蘇ることはない。
 
 自粛を乗り越える方法論を俎上にのせなければならない。
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十代と七十代、ITリテラシーのギャップは埋まらないの?
2020-05-29 Fri 10:57
 ミレニアル世代の後継をZ世代と言うらしい。
 物心ついた頃にはパソコンも、スマートフォンも、SNSも普及していて、ITリテラシーが他の世代より格段に高い世代とされる。
 我々七十代、団塊世代でパソコンをいじっている人は極めて少ない。

「パソコンも、スマートフォンも、SNSも」ない時代に誕生したからだ。

 しかし、幸運に恵まれれば、そうした恩恵を取り残すことはない。

 初めてパソコンを手にしたのは昭和の時代だ。
 たぶん39か、40歳の頃。
 CADを動かすために購入したのが、PC-98XL2、だった。

 価格は100万円をわずかに切った数字であったことを覚えている。

 高かった !!!

 98[キュウハチ]では物足らず、CAD以外ではもっぱらMacintosh SEで遊んだ。
 わずかな負荷で爆弾マークが出て、フリーズしてしまう。
 そんなやわなマックが可愛くてたまらない。

 記録媒体はフロッピーディスク、256KBいや128だったか。

 パソコンを設計で使うことに抵抗はなかった。
 個人的な経験がモノを言って、敷居が低かったからだ。
 CADは、分厚いマニュアル本を読み込み、A4二枚にまとめ、操作法要覧を作った。
 
 二週間ほどで自己流の使い方だが、どうにか図面をものにすることができた。

 コンピュータと出会ったのは、たまたま、しかし幸運であったであったと思う。
 一生の宝だから。

 二十代前半の頃、労組の合理化対策を担当することになった。
 当時IBM機を使っていたが、富士通のマシーンへの変更が提案された。
 ところがコンピュータのことなど皆目わからない。

 文系の弱点を突かれ冷や汗ものであった。
 仕方なく、コンピュータ問題研究会を立ち上げたのがすべての始まりとなった。
 まずは岩波新書の坂井利之『電子計算機 コンピュータ時代と人間』をテキストに、一からお勉強。

 これからの経済社会を動かす原動力であると、さすがに直感したものである。

 文系出身者が理系の仕事をするために転身したのは、コンピュータとの出会いが大きいと思う。
 コンピュータを駆使する仕事をしてみたかった。
 動機はそんなところである。

 SNSは最小限しか使わない。
 スマホに実権を握られないよう警戒している。
 時代が世代を画すのは否めない。

 アプリconceptsを使うため求めたiPadはまだ使い切れていない。
 いずれ使いこなしたいと思うが、新しいものへの挑戦には年々困難を感じるようになった。
 しかしこれは老化であって、弱者世代の問題ではない。
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在宅は一時の夢、テレワークはオフィスの人減らしを促がす
2020-05-28 Thu 12:32
 在宅勤務は美味しい。

 通勤時間に拘束されていた時間を取り戻す。
 その一瞬で、開放感に味をしめた事だろう。
 個人的には三十二歳の時だ、自営者となって一番得した感は「往復3時間から解き放たれた」事である。

 しかしそれがテレワークだと言われると疑問符がつく。

 政府から要請され打ち出された「一時避難」であったと思う(に過ぎなかった)。

 日本テレワーク協会の定義によると、テレワークは「情報通信技術(ICT)を活用した時間や場所にとらわれない柔軟な働き方」だ。

「時間や場所にとらわれない柔軟な働き方」を取り出してみれば、それはまさに自由業であり、フリーランサーであり、自営業だろう。
 組織に囲われていない、これが前提の人々だ。
 もちろん相互依存はしている。

 組織人という括りで捉えると、会議、打ち合わせ程度のテレワークで人を雇っておくだろうか。

 損出覚悟で企業は一時避難を選択した。
 勘違いしてはいけない。

 コロナ禍で活躍したのは宅配便のドライバーだ。

 彼らこそテレワークしている。
 ハンドルを操作し、端末で商品管理データを出入力し、携帯で連絡調整する。
 高度にICTを活用し、生産性を極限まで高める現代のテレワーカーである。

 肉体も頭脳も酷使している。
 だから稼げるのである。
 生産性が賃金を決めている。

 宅配便ドライバーからテレワークを展望すると、様々なことが見えてきそうだ。

 営業職はどうなるか。
 一般職は、総合職は。
 在宅勤務は美味しいなどといったレベルで考えていては、自分の席はオフィスからなくなっていることだろう。

 利益が上がるテレワークは、中間管理職や一般職、さらに総合職を淘汰できなければうま味はないからだ。
 人員を削ってなお生産性を高める企業が生き残る。
 アフターコロナは、テレワークの徹底によって、必要のない社員、人員をあぶり出すのだろう。
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日記とブログどう違うか
2020-05-27 Wed 13:01
 日記を付けだしたのは四半世紀以上も前の事だ。
「ワープロに慣れるには日記をつけることだ」
 そんな宣伝文句につられ日記がはじまった。

 ワープロは互換性に難点があった。
 いつか変換できるものと信じ削除はしていないが、数年分は開かずの間である。
 以来日記はエディターと決めている。

 日記の上にブログも書いている。

 二重払いのように無駄を感じるかもしれないが、同じ日記と言ってもまったく違う代物だ。

 日記は主観的だ。
 主観的表現で足りる。
 他人に見せるわけではないからだ。

 しかし、数ヶ月、数年、あるいは十年後読み返して、まったく意味が取れないことが多い。

 主観といっても、自分は日々変わっていく、変わる。
 その時その時の主観だ。
 背景が描きこまれていないし、客観的な事実との対比も少ないから、主観だけが叫んでいるではないか。

 日記を読み返すことは少ないが、ブログは違う。
 検索機能ですぐに呼び出せる。
 他者の視点を入れないと、ブログにならないから、日記以上にその時々の自分をかえって俯瞰できる。

 二重払いは損した気分になるだろうが、日記とブログは別物だ、という発見は有用だった。

 ツイッターもインスタグラムもやらない。

 表現形式としてのブログの可能性が感じられる限り、これからも文章の世界で遊んでいきたいと思う。
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必要なのは発熱外来、行政はシステム設計を誤るな
2020-05-26 Tue 09:24
 韓国や台湾は新型コロナを押さえ込んでいる。
 そんな印象が強いのはなぜだろう。

 なぜか感染拡大を抑えられている日本は、お役所(政府および自治体)の力というより、国民の衛生意識と意志力(自粛)がものを言ってる感じが強い。

 では、お役所のどこに欠陥があるのか。
 大胆にも短いブログで述べてみよう。

初期の症状にはほとんど変わりがない

 コロナ対策の第一ポイントはどこにあるか。

 以下、初期の症状にはほとんど変わりがない

 かぜ(症候群)か、
 インフルエンザか、
 新型コロナか。

 素人には分からない。
 同様に検査しなければ医者にだって分からない。

 
 自分の体の変調は何が原因か。

 分からないからお役所が設けた相談窓口に殺到するのである。

 システムとしてこの状況を整理するには、「コロナ」相談窓口を設けてはいけない。
 設けるべきは、発熱外来である。
 ところがお役所が発想し、設けているのは「コロナ」相談窓口である。

 コロナの冠を外せない、外さないのは言い訳をしたいからだろう。

 やってますよ!!!!

 東京都の例を見てみよう。

新型コロナウイルス感染症にかかる相談窓口について

 複雑なフローチャートを見て、都民は自分がどうしたらいいか、混乱に陥る。
 ユーザー(都民)の視点からシステムが設計されていないのである。
 サービス提供(お役所)する側からの視点で、独善的なシステム設計がされている。

 解決法は簡単だ。
 「自分の体の変調は何が原因か」分からない都民の視点から、システムを設計すればいいだけのことだ。
 発熱外来にするのである。
 症状を感じたら、全員、つまり自分が何にかかかっているか分からないのだから、全員、発熱外来に行って「選別」してもらえばいいのだ。

 図示すれば呆れるほど簡単なシステムである。

「コロナ」の看板(冠)がついた相談窓口は、「帰国者・接触者」外来窓口が引き起こした混乱を再び繰り返すだろう。
 予測されている第二波の波高し時は、分からないから相談に来ている都民を収拾のつかない混乱に陥れるだろう。
 日本のお役所はシステム設計が不得意で、端的に言って全くできていない。

 頭がいいはずのエリート官僚がこの国を混乱に導く。
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