ほろ苦き老後の助走は四十代にスタートする
2017-04-25 Tue 09:09
 老後が少しずつ分かりかけてきた。

 3月に左足のふくらはぎが肉離れを起こした。
 なかなか直らなかった。
 完治したものと油断し、さらに悪化した。

 日常生活に支障がなくなるまでには、一ヶ月を要した。
 今までにない体質の変化、わずかだが肉体のおとろえに気づいくようになった。

 決定的な何かである必要はなかった。
 実際、深刻な問題であれば正直向き合うのがたいへんだろう。
 あるかないかつい見逃してしまいそうな、微細な変化である。

 できたこと、できたはずができなくなる。
 そうしたことがしだいに明確な形をとって現れてきた。
 老後を俯瞰するにはまだまだ経験不足だろうが、目のまえに現れてくる現象から学んでいかなければならない。

 それに比較すれば老後のファイナンスは簡単明瞭である。
 この歳ともなれば、そうしたことはほぼ決着済だからだ。
 もう手の打ちようがないのである。

 大まかにくくれば「年金+預貯金+自宅」がすべてで、それ以外の収入源は断たれている。
 一介の自営者には望むべくもないが、企業年金などが付いていればさらに御の字だろう。
 おおかたがこんな所だろう。

 これをフレーム化(構造化)してみれば以下のとおりだ。

[老後収入源]
 ・年金  唯一の収入源
 ・預貯金 老後の取崩資金、毎年赤(取崩分)が計上される
 ・持家  終の住処、手放せば代わりが要るからせいぜい「最終決済資産」「相続資産」

 このフレームは歴史的なものだ。
 筆者の世代である団塊が高度成長期に生み出したライフスタイルである。
 老後が定年後に10、20年と続くことなど想像されていない時代である。

 団塊が生まれた1,950年頃は平均寿命が六十そこそこだった。
 七十を超えたのがそれから十五年後である。
 今日では男女ともに八十を超えてきている。

 二十年伸びた。
 自らが老年に入って気づく。
 長い老後だ、と。

 そしてその機能不全に気がつく、肉体の老化を見透かすように。
 「年金+預貯金+自宅」フレーム水準に達しても、不足を感じる。
 構造から機能に視点を移してみると、その欠陥があらわになる。

 何が足らないか?
 ゆとりだ。
 余裕だ。

 「年金+預貯金+自宅」フレームの限界である。
 このフレームの機能の欠陥は短い老後を予定していることだ。

 それ以前に四五十代に資産形成ができていなければ、この水準にも達しない。
 「年金+預貯金+自宅」に達していても、節約しかやりようがない。
 入りと出を管理するぐらいのことだ。

 裕福には切りがないが、余裕のある生活は明確に目標にできる(できたはずだ)。
 多少とも「年金+預貯金+自宅」以上の収入源を持てれば、老後もゆとりが持てる。
 「年金+預貯金+自宅」フレームに、もう一つ二つ収入源を加えること。

 若い読者は筆者のブログなど読まないだろうが、老後の助走は四十代には事実上スタートしている。
 しかもそれはぼくらの時代の一つの限界を超えていかなければならない。
 長い老後というテーマだ。

 ぼくの手元にはもう残っていないが、若いころの愛読書に岩波文庫で鈴木信太郎訳『マラルメ詩集 (1963年) 』があった。
 そのなかに・・・
 『ほろ苦き無為に倦じて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』

 この一節は、なぜだか諳んじている。

 自然のままの青空の下なる薔薇の叢の
 愛すべき少年時代を 名を求め 徒に過せし
 その名さへ今はわが疎懶の損ふ ほろ苦き
 無為に 倦じて さはれまた わが脳漿の強欲なる
 冷たき土地に 徹夜して新しき墓穴を掘らむと 頑なに
 立てし誓に 更になほ七倍も倦じ果てたる

 2,014年に岩波文庫で渡辺守章訳『マラルメ詩集』が出ている。
 『苦い休息にも 飽きて(Las de l'amer repos où ma praresse offense)』
がそれだ。

 鈴木信太郎訳が脳髄にしみ込んでいるから、受けつけなかった。
 フランス語などまったく分ない。
 韻を踏む文語体がいいというわけでもない。

 ただ習慣のようなものとしか言いようがない。

 マラルメは四十半ばで亡くなっているから、老年の「ほろ苦き無為に倦じて」は知らないだろう。

 マラルメの詩、その深淵を探るのは学者にお任せしよう。

 ぼくはこの無為が嫌なのである。
 おとろえと戦うのに、さて手一杯だ、と、倦じるのはご免なんだ。
 余裕があれば、金で「幸福」が買える。

 買うことができる。

 幸福とは何か、などとリセットする気はない。
 買える「幸福」がたくさんある。
 それがリアルだ。

 老年の無聊としかいいようのない、その程度の退屈から抜け出すにはそれが必要なだけだ。

 若者は我々の失敗から学んでください。

[参考]
「倦む、うむ」
同じことなどを長く続けていやになる。退屈する。また、あきて疲れる。
『精選版 日本国語大辞典』から
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北朝鮮は不倫妄言無能フリーの最強カード
2017-04-24 Mon 07:37
 拉致被害者の早期救出を求める国民大集会、めぐみさんの母早紀江さん(81)は「何もできなかった40年は国家の恥。」と切捨てた。
 TPPはトランプの一言で吹き飛んだ。
 アベノミクスにはもう誰も触れようとしない。

 多弁な籠池の口も、権力を総動員し封じ込めた。

 非常識な妄言をはき散らす閣僚たち。
 まともな日本語すら使えない法務大臣。
 重婚ウエディング、ストーカーする政務官。

 そんななか特筆できるのは、北に対する反応は歴代政権のなかで一番迅速であることだ。

 そしていつの間にかこの国は「美しい国へ」と変わろうとしている。

 もう一歩だ、テロ等準備罪が国会で上がれば、戦前の治安維持法時代も戻ってくる。
 PKOから一気に先制攻撃まで踏み込んだ。
 先に叩く、戦争を仕掛ける論議が公然とされるようになった。

 安倍政権は何もできなかったが、いつでも戦争ができる「普通の国」にはしてくれそうだ。
 
 ミサイル&核実験。
 北朝鮮カードがあるかぎり安倍政権の支持は盤石だ。
 南がご本尊の慰安婦像を持ち出せば、ゆれていた支持率はその都度補強される。

 それは民族的DNAだろうか。
 倭国・百済遺民の連合軍と唐・新羅連合軍が戦った663年(天智2年)白村江の戦い以来の、いや、それ以前の。
 これからも朝鮮カードが安倍政権をささえていく。

[資料]
 日刊ゲンダイは次のように伝えている。
“それだけではなかった。安倍政権の本音が出たシーンがもう一つあった。質問者が民進党の階猛議員から枝野幸男議員に交代した時のこと。政府の答弁があまりにヒドイので、委員長の許可を取った上で、2人が少々相談をした。それを見ていた自民党の土屋正忠理事が大声でこう叫んだ。
「あれは、テロ等準備行為じゃねえか!」
 野党議員2人が話し合っただけで、「共謀罪」に抵触するとドーカツした格好だ。怒った階が、「どういうことだ」と土屋氏の肩に触れると、自民議員が「手を出すな」「暴力だ」と大騒ぎ。ほとんどチンピラと変わらなかった。
 それにしても、2人が集まって話しただけで「共謀罪だ」とは、この法案の実態を表したものなのではないか。
 民進党の逢坂誠二理事はこう言う。
「人が集まって、何かを相談しただけで、テロ等準備罪のイメージを抱いている人がいるということです。恐ろしいことです。与党の本音が出たということでしょう」”
出所=安倍政権が法務委で次々“本音” 共謀罪の正体が見えてきた

 以上のやり取りは、youtubeで映像は確認できたが、音声は消去されていた。
“2017.4.21 衆院 法務委員会(午前)”

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あなたは資産運用の基本手順をどう考えますか
2017-04-21 Fri 23:34
 曇天の今日は、かっこうの草むしり日和だった。
 気分は上々なのに、つまらないメールを開けてしまった。

「長生きリスク」って嫌な感じのフレーズだ。

「あなたは平均余命から見るとあと十五六年、その先もっと生きているとどうなるか考えたことあります?」
 こんな調子だ。
 稼ぐ能力、余力をなくした老人に突きつけられた最後通知のよう。

 エクセル使ってせっせせっせ節約生活しないと、「老後破産」だとおどかされ、ピンが有料老人ホームで、キリが野垂れ死といつしかイメージが固まっていく。

 そんなこんなの心理的圧制もあって、FP技能士2級資格を取得したのが10年も昔だ。
 学習に四十五日かけた。

 まったく役に立たないわけではない。
 ざっくりバランスシートで俯瞰的な把握のコツをつかめてからは、毎年作業を欠かしたことはない。
 シビア(厳密)に計算し、収入−支出構造分析表も欠かさない。

 ただし、筆者はエクセルでなにごとか計算しつくせると勘違いしてないたけだ。

 どう喝フレームと名付けたそうしたエクセル帳票は人生の一部分を設計する有効なツールとは思うが、しょせん一老人の断片設計にすぎないものと心得ている。
 国家財政破綻リスクとか、地政学的リスクのほうが筆者とこの国の命運をにぎっていると認識している。

 以下に「資産運用の方針」の目次だけ掲げるが、参考になるだろうか。
 資産運用の基本手順を示せば、次のとおりだ。

資産運用の基本手順

[目次]
 Ⅰ.資産運用の基本手順
 Ⅱ.家産(支配会社の純資産を含む)の財政的な状態を把握する
  1.総資産額の推移表
  2.総資産額に含まれない予備的予防的資産による補正総資産額
  3.資産の内訳
   1.不動産資産
   2.保険
   3.公的年金
   4.預貯金調べ〈円預貯金・外貨預金〉
   5.リスク資産調べ〈円預貯金・外貨預金〉
   6.骨董品
 Ⅲ.シナリオ
   1.長期シナリオ「国債暴落→金利上昇→円安とインフレ昂進に備え、円の金融資産を外貨資産へ転換する」
   2.中期シナリオ「2020年までに、金融資産の62.5%を外貨資産で保有する。」
   3.短期シナリオ「スイングトレードと長期トレードで期待リターンX%をめざす」
 Ⅳ.2017年のアクションプラン
  1.110万円の基礎控除による非課税枠による役員借入金縮減・相続対策
  2.バイ&トレードー投資哲学ー  
   1)キャッシュポジションの意義と機動的出動
   2)運用の基本1ーバイ&トレードー
   3)為替の運用
   4)為替→海外ETF〈米国上場ETF&香港上場ETF〉の二段階運用
   5)逆張り
   6)マーケット・ウォッチングの重要性ーリスクに構え、危機に備えるー
  3.貯蓄と負債
   1)貯蓄
   2)負債
  4.収入源  
  5.人生支出
  6.新ビジネスモデルへの取り組み
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核弾頭もサリンもいらない、原子炉建屋にノドン一発で日本は壊滅的被害
2017-04-20 Thu 17:30
 日本においては、原子力発電所の中に使用済み核燃料が保管され、日々蓄積されている。

 使用済み核燃料は最終処分場がきまらないまま、原子力発電所に設けられた貯蔵プールに留め置かれたままになっている。
 その実態をNHKスペシャル「核のゴミ”はどこへ〜検証・使用済み核燃料」は伝えている。

 さて、原子力発電所に設けられた貯蔵プールで、使用済み核燃料は時々刻々冷却されなければならない。

 冷却期間は30年以上にわたる。
 一度原子炉の中で核分裂連鎖反応を起こした「使用済み核燃料」は、冷却しつづけない限り放射能と熱を出し続ける。
 冷却しないかぎり核分裂連鎖反応は収束することなく、発電に適さないだけで「生きつづけている」のである。

 国内全17原子力発電所のうち、現在通常運転中の原発は川内原子力発電所の1、2号機と伊方発電所の3号機だけだが、稼動していないからセーフティーではない。

 ポイントは、spent fuel pool(使用済み燃料プール)の設置されている場所である。

「原子炉内」という誤ったイメージをまずは払拭しよう。

 spent fuel pool(使用済み燃料プール)は堅固な格納容器に納められているのではない。
 福島原発事故で生々しい映像が残っている、あの水蒸気爆発で吹っ飛んだ原子炉建屋に格納容器とともに併設されている。
 破壊された建屋のペラペラな構造を見ているだろう。


 野ざらしではない。
 しかし、あの建屋が唯一の防護である。

 これに北朝鮮が実戦配備するノドン(準中距離弾道ミサイル)、ムスダン(中距離弾道ミサイル)が着弾すればどうなるか?
 原発攻撃のリアルについては、以下を参照してもらい先に進もう。

 原発の即時全面廃棄なくして日本国の安全保障は成立しないー3.10は3.11の歴史的前提ー

 イスラエルの原子炉空爆がもたらした新「核」攻撃時代

 政府機関で原発攻撃による被害について研究はされているが、隠ぺいされてきた。
 研究の報告は以下のとおりだが、最悪のシナリオ「原子炉の直接破壊」については分析困難としている。

 北朝鮮と開戦してもアメリカ本土は傷つかないだろう。

 壊滅的で予測のできない被害に直面するのは韓国、日本国民である。

*クリック拡大 

被爆死最悪1.8万人
出所=東京新聞 平成27年4月8日朝刊

原発への攻撃、極秘に被害予測 1984年に外務省
出所=朝日新聞デジタル「原発への攻撃、極秘に被害予測 1984年に外務省」
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忖度は官僚の器量、それとも堕落?
2017-04-18 Tue 09:59
 受験のため仕立てたにわかか英語力だから、ニュースペーパーのリードをあらかたつかむのがせいぜいだ。
 詳細やニュアンスとなるとまったく当てにならない。
 それでも訳本に記された原語を手がかりに考えをめぐらすことは有効な読み方だと思っている。

 マーヴィン・ミンスキー『心の社会』〈安西祐一郎訳、産業図書1990/7)は、人工知能の構想を手がかりに思考の本質に迫るチャーミングな著書だ。
 
 章、節などのリード部分にさりげなくウェブスター大辞典の定義がいくつか記されている。
 本格的な辞典は図書館で引くのが精々で、ウェブスター大辞典は手にとったこともない。
 いつかは『日本語大辞典』を用意したいと思うが、もっぱら電子辞書に付加した『精選版 日本語大辞典』を利用している。

 考えることをそこそこに、手軽にすまそうとするのである。

 こんな引用があった。

“官僚制[名詞] 役人たちが柔軟性のない形式的手順で管理する諸部門により政府を管轄する統治形態。”

 そこで、一つはMERRIAM-WEBSTER DICTIONARYを引いてみた。
“government characterized by specialization of functions, adherence to fixed rules, and a hierarchy of authority
「機能の専門化、固定された規則への順守、 権限の階層によって特徴付けられる政府」”
とある。

 日本語辞書にも当たったが、筆者には前者が出色に思える。

 筆者が関心したのは「柔軟性のない形式的手順で管理する」という箇所だ。
 ウェブスター大辞典(何版かも分からない)で確かめていないから推測になるが、
 “inflexible”、“formal”といった単語が使われているのだろう。

 “formal”だが「形式」と受け止めてしまうと、ニュアンスが薄まる。
 式典とか儀式をイメージしたい。
 「右足を踏み出したまさにその時左腕をふりださないとならない」といったように、ガチガチに厳格であることが要求されている。


 そんなイメージだ。

 “inflexible”がそれを補強する。

 なぜこんな面倒なことを考えるにいたったか。

 あっという間に下火になったが、森本学園疑獄事件が巻き起こした「忖度(そんたく)」にあった。

 この問題を考える視点が定まらなかった。

 「忖度」を計測する基準がないからだ。

 役人の答弁はおもしろくなくていい。
 事実、データ、資料を開示すればいい。
 忖度できない、“inflexible”で“formal”であることが官僚の矜持だろう。

 2014年(平成26年)5月30日に設置された、審議官級以上の幹部職600人の人事を決める内閣人事局の問題はここでは省略する。
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形骸した保護者会に入り込んだ小児性愛者 千葉女児遺棄事件
2017-04-14 Fri 19:18
 千葉女児遺棄事件で逮捕された男は、保護者会会長であった。

 ペドフィリア(小児性愛)の問題は脇に置いておこう。

 問題の焦点をしぼってみたい。

 いまさらながら周囲の者から彼が「ロリコン」であったという証言が出てきているが、そういう性癖の男がなぜ保護者会会長になりえたのか。 

「やり手がいない」
「一度役についたらやめられなくなるからね・・・」
「やりたい人にやってもらえばいいでしょう」
「強制じゃないでしょう?」
「輪番制で責任を持ちましょうよ」
「一度やったのだから次に回してよ」
「率直にいってやりたくない」

 逮捕された渋谷恭正容疑者をどう「解剖」しようと、一定程度の割合で、ペドフィリアは存在するだろう。

 問題はこうした男が保護者会会長という彼ら(小児性愛者)にとって「絶好の地位」を占めてしまう現状だろう。

 この保護者会だけではない、こうした傾向は全国で見られる現象だろう。

 少なくとも今回の事件を予防できなかったのは、児童を守るべき保護者会の空洞化、形骸化に一つの要因がありそうだ。

〈リンク〉
小学生女児殺害犯人逮捕へのベトナムメディアの報道と読者の反応

千葉女児殺害 母国ベトナムのメディアが報じた衝撃の事実
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行きはよいよい帰りはこわい、日銀が口をつぐむ出口戦略
2017-04-13 Thu 17:02
 一つの質問を発するのですが、質問自体とても難しいことですね。

 質問の要点がしっかり述べられているかどうか、質疑を検証するにはまずは質問が適当かどうかから検証する必要があります。

 10日の衆議院決算行政監視委員会民進党の原口一博議員の質問に、日銀の雨宮正佳理事が次のとおり答弁しています。

 下段YouTubeの2:48〜4:30です。

「長期金利が仮に一%上昇した場合日本銀行のバランスシートどうなりますか。」

「昨年2016年9月末時点における長期国債の保有状況を前提としまして、
仮にご質問にありました長期金利が一%、いわゆるパラレルシフトともうしますか、
イールド・カーブが全般にわたって1%上昇した場合の時価総額の減少幅を計算いたしますと、
マイナス23.8兆円程度という計算になるということであります。」


 下段にあるように、日本国債の金利データから、イールドカーブを描いてみました。

 イールドカーブとは〈横軸に残存期間、縦軸に利回りをとり、残存期間が異なる複数の債券の残存期間と利回りの関係を表した曲線のこと=財務省の定義〉です。

 では、原口議員の仮定した長短金利の全般的上昇、イールドカーブの上昇する発火点、トリガーとなるのは何でしょうか。

 筆者が質問の矛先を向けてほしかったのは、「仮定した長期金利上昇」が何によって引き起こされるのか、イールドカーブをコントロールできなくなる臨界点の問題です。

 先取りすれば、それは黒田日銀総裁の「沈黙」のなかにありそうです。

 日銀は、昨年9月21日の金融政策決定会合で「2%物価安定の目標」を早期に実現するため、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定しました。
 二つの柱があります。
①長短金利の操作を行う「イールドカーブ・コントロール」
②インフレが2%を安定的に超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する「オーバーシュート型コミットメント」

 日銀は、これまでの「量的・質的金融緩和」は実質金利低下の効果により経済・物価の好転をもたらしたと「総括的検証」し、そして今回導入の「イールドカーブ・コントロール」によってさらにこの実質金利低下の効果を追求するのだといいます。

 1月末時点の日銀の国債保有残高は約358兆1977億円。同じ1月末時点の国債の発行残高(約894兆3357億円)に占める日銀の保有割合は初めて4割を超えています。

 腹一杯にため込んだ、日本国債を吐出す(売却)ための段取りが出口戦略ですが、「検証」では沈黙をきめこんでいます。

 残念な事に野党もその問題点に充分切り込めていません。(原口議員も)

 日本国の財政リスクをひとえに身一つで抱え込んでいるのが日銀の現在の姿です。

 日銀に国家財政リスクが集中しているのです。

 日銀は長期国債を高値で大量に買い入れてました。
 いずれかの時点でこれを吐出すと、安値で売却する、ないしは保有国債の利回りを上回る金利を超過準備に払わなければならないでしょう。
 日銀が巨額の損失をこうむれば、最終的には国民に負担が圧しつけられます。

 つまり、財務省のキャリア官僚はしらっと答えていますが、一%の金利上昇ですら日本国の利払費用が雪ダルマ式に増える脆弱な実態にある、という点が最大のポイントです。

 国債は日本国一国でまかなっているから、ギリシャとは違うという的外れな議論に流される事なく、この問題に正面から向き合う必要があります。

 グローバル経済においては何がトリガーのトリガーとなるか誰にも分かりません。

 一番弱い所をついてくるのがグローバル・マーケットの本性です。

 この国の脆弱性が日銀出口戦略への移行時に存在するという事実を認識することです。





イールドカープ

*クリック拡大
1.データ出所=日本国債の金利データ
2.利回りイールドカープと、1%シフトのあいだの面積(積分)が「含み損」となる。
3.データから筆者がExcelで作為した。
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ハンムラビ法典「目には目」の真実
2017-04-11 Tue 17:08
 自分の知識が誤っていることを正されたり、偏狭であったことに気づかされたとき、快感か苦痛か?

 前向きな気分なら、ポジティブシンキングにさそわれ次から次へ調べようとするものだ。
 後ろ向きな気分のときは面倒な気分が先に立って、次へは進まない。

 いいかげんなバロメーターなんだが、ユヴァル・ハラリ『サピエンス全史 上』にはひさびさエキサイティングな気分にさせられた。

 ユヴァル・ハラリは、ハンムラビ法典の「目には目で、歯には歯で」の箇所を次のように正確に引用する。

・もし上層自由人が別の上層自由人の眼を潰したなら、その者の眼も潰されるものとする。
・もし一般自由人の眼を潰しり、骨を折ったりしたなら、その者は銀60シェルケルを量り、与えるものとする。
・もし上層自由人の奴隷の眼を潰しり骨を折ったりしたら、奴隷の価値の半分(の銀)を量り、与えるものとする。

 ちなみに1シェルケルは銀8.33gだそうである。
 当時の銀の価値がいかほどであったか、調べることができなかったが、今日の相場は銀71.17円/gだから、数万円にしかならない。
 たぶん古代のバビロニア王国においては、そこそこの価値があったのだろうが、今となっては比較はできない。

 「目には目で、歯には歯で」の字面を聞きかじっていたものだから、古代においても平等は貫かれていたなどと、勝手に解釈していた。
 殺人事件とその裁判の判決などの報道を伝え聞くと、ずいぶんバランスが悪いものだと感じ、つい「目には目で、歯には歯で」にも一片の真理はあるなどと考えてしまうものだ。
 気分がそうさせるのだろうが、気分(感情)より知識のほうがたぶん正確なんだと思う。

 正確な知識を得たのだから、不正確な文言の理解で自分の気分を代弁させるのはやめようと思う。
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般若心経、玄奘訳とサンスクリット語原典訳
2017-04-10 Mon 10:05
 クランク状にのびた位置指定道路の両側にそって、およそ二十戸ほど戸建てがたつようになって、四、五十年でしょうか。
 行き来があるのはその半分ですが、それでもなにかと交流はあるものです。
 東京の郊外にうまれた住宅地の一つなんでしょうが、Oさんは季節ごとに庭木に実る柿や柑橘を持ってきてくださる八十八になるおじいさまです。

 十六七年前に奥さんを亡くされてからは、よく近所を散歩されておりました。

 朝あいさつをかわしたはずなのに、夕べには亡くなっていました。
 救急車が呼ばれたようですが、出かけていて知りませんでした。

 Oさんの通夜には曹洞宗の御導師が来られ法話の後、たぶん修証義(しゅしょうぎ)、舎利礼文(しゃりらいもん)、般若心経(はんにゃしんぎょう)が読誦されたと思います。
 さて、なかでも般若心経です。

 百冊を越える関連本のなかでも、自分が親しむテキストは岩波文庫にある中村元・紀野一義訳注『般若心経 金剛般若経』です。
 右頁に玄奘訳の『般若波羅蜜多心経』(はんにゃはらみったしんぎょう)をのせ、
 左頁にはサンスクリット語原典からの翻訳をのせています。

 漢字の一文字(器)には一つの概念が盛られてあります。
 読み下していくと、左右ではずいぶん印象が違います。
 どうしても空、色等々の漢字一文字一文字にとらわれ、解釈に呻吟し、素直には読み下せません。

 同書の解説から学ぶことも多く、「原写本にない文字や文句は付け加えないこと。原写本を改めたり、また見出されない文字や文句を自信を以て附加することは、研究者にとっては非常に魅力のある仕事ではあるが、よほど学殖を必要とするのみならず、なお危険である」と戒めています。
 玄奘訳とサンスクリット語原典訳とを比較する能力はありませんが、何事か付加されること少なく読み下せるのは後者です。

 前者はいかにもありがたみがありそうですが、読誦を聞いても何を言っているか分からないのですから、何事も伝わらない事といっしょです。

「お経」を聞いて何も伝わらず、しかしありがたいとは思えません。
 率直な気持です。
 漢訳を読み下した「お経」から思考することはやめ、話し言葉で書かれたそれを何度も読返すことにしています。

 御導師によって読誦のリズム、抑揚もそれぞれですが、両訳をくり返し読み下すようになって、耳にそれが入ってくるようになったのは確かなようです。

 淡いおつきあいでしたが、Oさんから伝わる温かな気持を思い起こしておりました。

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車椅子の教師
2017-04-08 Sat 10:52
 日曜、菩提寺で母の一周忌法要がありますから、供仏、献花、遺影や位牌などせわしく準備をすすめています。
 その夜、近所の八十八歳のお父様のお通夜へまいります。
 一昨日、伯父の告別式に熊谷へ行ったばかりですので、こうしたことは続くようです。
 
 伯父は八十二歳、母の享年は九十一歳でした。

 僕が感じたのは、避けることのできない生老病死(しょうろうびょうし)に考えをめぐらすことではありませんでした。
 そうしたことはじっくり取り組むしかありません。

 六年後には後期高齢者に達するわけですが、その季節をどう生きるか。
 そんな事に思いは広がってまいります。

 十五は十五、二十歳は二十歳、三十は三十とそれぞれに初めての経験が待ち受けているのですから、後期高齢もまた初体験、知りうることは知っておきたいものだと思います。

 アグレッシブな生活は期待できないでしょうが、時間は若い季節とちがい自由に使えそうです。
 自転車、自動車を捨て、歩くことに専念するようになり、むしろスピードのなかで飛ばしてしまった、ささやかな経験のなかで豊かな思いに満たされることが多くなりました。

 街歩きは今一番の楽しみです。

 なにか特別な施設やモニュメントをめざすのではなく、ありきたりの町並みに分け入って、何事か発見するのが楽しくなりました。
 
 もっぱら電車とバスで、ついたとこからは徒歩で散策いたします。

 生産的な時間ではありません。
 モノで満たされる幸福感とも違います。
 眼にも止まらない早さのなかですっ飛ばしてきた事柄が見えて来た、そんな感じでしょう。

 経験という一瞬一瞬に消えて行く何者かを充分享受したいと思います。

 そしてそうしたことができなくなる時が来ます。
 その時は何ができるのか予測はできないのですが、それでも何事かできることを推量し、準備したいと思っています。

 昨夜はガクさんで先に車椅子になった友人と飲みました。
 リハビリで活路をと毎日がんばっています。
 今一番の教師は彼です。
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